1999年10月19日 4:30
砂漠の温度差というのは、本当に厳しい。外で寝ていると、明け方には寒くなって必ず目が覚める。折り畳みイスを3つ並べた寝床の上で目を開くと、満天の星空。どうやら夜のうちに雲が抜けたようだ。
物に溢れた都会の生活では、スイッチを入れれば明かりもつくし、冷房も暖房もある。建物の中にいると、太陽の存在は希薄に感じがちである。しかし、何ひとつない砂漠では、その存在感は圧倒的だ。光も、熱も、太陽以外に頼る物はない。
夜明けまで、まだ1時間半。寒さに震えながら太陽を待っていると、全ての源は太陽にあるということを、つくづく痛感させられる。 |
ようやく日が昇ったときには、また薄雲が出ていた。午前7時を過ぎてからようやく雲が晴れて、発電量が増えてくる。しかし、昨日の夕方の発電もほとんどなかったので、バッテリー残量はあまり回復していない。午前8時7分、バッテリー残量約40%で、ガメラは3日目のレースを開始した。
すでに雲はなくなっているが、強い向かい風が吹きつける厳しいコンディションである。実は、ガメラの空力特性はあまりよいものではない。しかも、レギュレーションに合わせるために、その小さなボディの割に車高を高くしているので重心が高く、安定性が悪い。現に前回の秋田のレースでは、テスト走行中に後輪がロックし、バランスを崩してひっくり返るというアクシデントに見舞われている。ドライバーは、ロード・トレインが通過するときの横風にも注意しなければならない。
予想通り、ガメラの消費電力はシミュレーションを大きく上回っていた。風に逆らってペースをキープしてもエネルギーを無駄に消費するだけである。ドライバーの若松さんにペースダウンを指示する。今使っている、なかば即席のシミュレーション用ワークシートは風を考慮に入れた計算ができない。このままではバッテリーの残量予測が大きくずれてしまう。
これは10時15分現在のシミュレーショングラフだが、消費を示す赤い実線がシミュレーションの赤い点線を大きく上回っているのがわかる。強い向かい風の影響だ。バッテリー残量は、すでに20%近くまで落ち込んでいる。今後の予想を示す点線ではバッテリー残量が回復するように見えるが、これはあくまでも無風状態で現在の指示速度(45km/h)で走行した場合だ。残念ながら風が止まないかぎり、このシミュレーションはあてにならない。ここで、ガメラの走行性能のパラメータをすこし調整してやることにする。調整後のシミュレーションがこれだ。
先ほどよりシミュレーションの消費が実測に近づいている。しかし、状況が厳しいことにかわりはない。
1999年10月19日 10:23 - テナント・クリーク (987km地点)
テナント・クリークでは、見慣れたソーラーカーがガメラを出迎えた。同じ日本から出場のチーム・ジョナサンだ。どうやらすぐ前を走っていたらしい。現在の順位は15位。昨日のごぼう抜きでかなり順位を稼げたようだ。日射はよいので風さえ止めば抜かれてしまうだろう。しかし、そうとわかっていてもフルサイズのソーラーカーたちと互角に近いレースができるのは嬉しいことだ。
テナント・クリークを出発してからは風もいくぶん弱まってきた。日射も引き続き良好でだ。今日のドライバーは初日と同じメンバーで、若松さん、佐藤さん、堺さんの順。現在は2番手のパワフルパパ・佐藤さんがガメラを駆っている。佐藤さんには抑えめの走行をお願いし、バッテリーからの持ち出しがゼロになるようにしてもらった。
砂漠の中に忽然と現れる巨大な奇岩群、デビルズマーブル。指令車の窓の風景を見ていると、人間の小ささを感じずにいられない。オーストラリアに来てからというもの、自然の偉大さを感じる機会が非常に多くなった。
マネージメントの仕事はそんなに忙しいわけではない。ガメラから走行データを受け取ってワークシートに入力し、残量を予測する。走行データの連絡は、テレメトリのような洒落た物はないので、口頭で行う。しかし、トラブルが少なく確実とも言える。人間の耳もけっこう優秀で、かなりのノイズが入っていても聞き分けてしまうのだから侮れないのだ。
連絡は15分ごとに行う。時計のアラームが鳴ると、「は~い、堺さん。定時連絡の時間です。」と、無線担当の海ちゃんが良く通る声でドライバーに呼びかける。その間に僕は、手元のGPSでスタートからの走行距離を読みとり、続いて無線から流れる積算発電量、積算モーター消費、バッテリー電圧を入力する。すると、グラフには新たなデータが追加され、バッテリー残量が計算しなおされる。これを見ながら、向かいに座る池上さんと「ふむふむ・・・」とやるわけだ。
こんなことを30回以上繰り返すと、いつの間にかその日のレースが終わってしまう。
1999年10月19日 17:04 - タイ・ツリーの北、約25km (1272km地点)
今日のレース終了時の残量は約20%。佐藤さんがなんとかもたせてくれたものの、終盤で日射が落ちてから消費が多くなってしまった。だが、嬉しいことに夕方の充電はこの3日間で最高で、一時的に500Wを超えた。僕は、仕事の合間に充電状態を示す表示を時々のぞいては、「腹いっぱい、食べてくれよ。」と心の中で呼びかけていた。
この夜、バッテリー残量の見積もりがおかしいのではないか、という話がでた。ガメラが搭載するリチウムイオン電池は、電圧からでもバッテリー残量が予測できる。それから考える限り、バッテリーはもっと残っているはずなのである。検討した結果、現在の残量は65%。いままでの計算が40%もずれていたことになる。マネージメントに使っていたデータが、実際より少ない残量を示していたのだ・・・。