1999年10月17日未明 - ダーウィン郊外、TDZ
すっかりひとけのなくなったTDZ。ここ数日、人々の熱気と調子の悪い空調のせいで、外と同じ高温多湿の熱帯と化していたTDZであったが、さすがに今はいくらか過ごしやすくなっている。
WSCに出場する日本チームの大半が作業場として使い、ダーウィンの日本人街さながらであったこの場所も、大半の区画は荷物がまとめられてあとは運び出されるのを待つのみとなっていた。
だが、入り口に近い一区画だけは、いまだに工具や荷物が散乱して足の踏み場もない有様のままである。そんなカオスの中で、僕はたったいま仕上げた作戦支援用のワークシートがちゃんと保存されていることを確かめ、ダイナブックのディスプレイを閉じた。そして、あたりから空いた銀マットを探し当てて、つかの間の眠りにつく。
World Solar Challenge - 世界最大のソーラーカーレースのスタート時間はすでに数時間後に迫っていた・・・ |
そもそも、僕の見積もりが甘すぎたのかもしれない。先発隊としてオーストラリアへ出国する直前になってエネルギーマネージメント担当になることが決まったものの、肝心のワークシートができていない。結局、新しく作り直すことになったのだが、すでに国内でその仕事に残された時間はなかった。
「大丈夫。先発隊がダーウィンに着いてからレース開始まで1週間はあるんですから。現地作業なんて2、3日もあれば終わるでしょうから、レース開始までには仕上げられますよ。」
よくよく考えれば、スターティンググリッドに並んでも作業が続くTJYである。作業が「終わる」なんてことは元々なかったんだ。レースでより良い成績を残すため、少しでもトラブルの可能性を減らすため、マシンの改良はいつまでも続く。だから作業は、終わらない。
結局、僕がレースマネージメント用のワークシートを作り始めたのは、本隊が到着し人手が増えて手が空くようになってからだった。レース開始3日前のことである。